印象に残っているボクサー・その7:藤猛

◆勝ってもかぶっても尾をしめよ?

 

ハワイ生まれの日系3世、藤猛さん。今はなんと日本の水戸市に住んでるようです。
この人のパンチ力は桁外れでしたね。
世界タイトルに挑戦したのが1967年9月。この年に沼田義明さん、小林弘さんがそれぞれ世界タイトルを獲得しています。翌年に、シンデレラボーイ西城正三さんがアメリカで世界タイトルを奪取しました。日本人の世界チャンピオンが続々と誕生し始めたころです。

さて、そのタイトルマッチですが、藤猛さんは初回からいきなりサンドロ・ロポポロをハンマーパンチで追っかけ回し、早くも2回、そのパンチがロポポロのあごをとらえました。なんとか立ち上がろうとしましたが足がおぼつかず、レフリーが助け上げてました!

 

今では考えられないことですが、当時はロポポロが日本人に負けることは絶対にあり得ないこと、だったわけです。レフリーも同じです。ここはなんとか立ってとにかく次の回で挽回して欲しかった、のでしょう。

残念ながらその思惑通りは行きませんでした。ロポポロにはもう防戦する力がまったく残っていなかったのです。
勝利者インタビューはもうめちゃくちゃ。日系3世ですから片言の日本語しかしゃべれませんので、「勝ってもかぶっても尾をしめよ」「岡山のおばあちゃん」「大和魂」こればっかり言うてましたね。

◆ニコリノ・ローチェ

 

恐ろしく無駄のないボクサーでしたね。藤猛さんのハンマーパンチを堅いガードとわずかな動きで完封し、もうほとんどジャブだけで藤猛さんの顔を腫らし、10R、ギブアップさせてしまいました。あんなつまらないボクサーもなかなかいませんね。

無様な負け方でしたね。おそらく藤猛さんのハンマーパンチは一発もローチェに当たらなかったのではないでしょうか。(1968年12月)そして、あっという間にタイトルを手放してしましました。
藤猛さんの試合は、他にもテレビ放映されましたが、印象に残っているのはこの2試合です。50年近くも前の話ですからね。

アップセットつまり番狂わせで勝った試合か、無残に負けた試合は印象に残りますね。まさにこの2試合がそうでしょう。

 

 

 

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1 Comment

やくざ利権解体業者

ニコリノローチェ選手が来日する時嫌な予感がした。イタリア人の父親を持つ混血選手だったからである。白井義男氏のbeltを持ち去ったのはFranceとArgentineの混血選手だった。混血選手に持ち去られたbeltは本当に夥しい数になる。ColumbiaとPanamaのhalfだったイラリオサパタ選手に至っては2度中島君と友利君からtitleを奪っている。

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